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| 2012-10-13さよなら原発 ドラム隊妹尾さん by大木晴子 |
76号に出演する堀切さんから、花森安治の「見よぼくら一銭五厘の旗」を読んで欲しいと頼まれる。
私としては、あまり有名ではない人の詩を読みたいと思っているし、これは長すぎる(制限時間3分)と、断るつもりで一応読んでみた。
ところが、読み返すたびに、引き込まる。気がつけば、読まなければと、抜粋作業をしていた。
いくら、以前にそういう仕事をしていたとは言え、プロのしかももう亡くなって確認のとれない人の文章をいじるのは、気が引けた。
でも、伝えるために、全文を読むきっかけになるためにと言い聞かせて、3分の1位に縮めた。
もう一つ、読もうと背中を押されたのは、原発反対の現在のデモで、若い人が一銭五厘の旗を掲げている写真を、仲間のブログで見つけたことだった。
解説をざっと書いた。そして読んだ。
特集の心にしみるような、双葉町の若い人たちの気持ちを聞いた。お二人は、まさに一銭五厘を地で行っていた。ここにも花森安治を継承する若者がいると思った。
私も一銭五厘の旗を作って掲げようと。
困ることを困るとはっきり言う 何通でも書く というフレーズは、現在にも生きている言葉だった。
抜粋したのは下記
全文は
http://www.japanpen.or.jp/e-bungeikan/guest/publication/hanamoriyasuji.html
見よぼくら一戔五厘の旗 (抜)
花森安治
美しい夜であった
もう 二度と 誰も あんな夜に
会うことは ないのではないか
空は よくみがいたガラスのように
透きとおっていた
空気は なにかが焼けているような
香ばしいにおいがしていた
どの家も どの建物も
つけられるだけの電灯をつけていた
それが 焼け跡をとおして
一面にちりばめられていた
昭和20年8月15日
あの夜
もう空襲はなかった
もう戦争は すんだ
まるで うそみたいだった
なんだか ばかみたいだった
へらへらとわらうと 涙がでてきた
軍隊というところは ものごとを
おそろしく はっきりさせるところだ
星一つの二等兵のころ 教育掛りの軍曹が
突如として どなった
貴様らの代りは 一戔五厘で来る
軍馬は そうはいかんぞ
聞いたとたん あっ気にとられた
兵隊は 一戔五厘の葉書で いくらでも
召集できる という意味だった
(じっさいには一戔五厘も
かからなかったが……)
そうか ぼくらは一戔五厘か
〈草莽(そうもう)の臣〉
〈陛下の赤子(せきし)〉
〈醜(しこ)の御楯(みたて)〉
つまりは
〈一戔五厘〉
ということだったのか
そういえば どなっている軍曹も
一戔五厘なのだ 一戔五厘が 一戔五厘を
どなったり なぐったりしている
一戔五厘を べつの名で言ってみようか
<庶民>
いま 日本中いたるところの
倉庫や 物置きや 押入れや 行李の
隅っこのほうに
ねじまがって すりへり 凹み 欠け
おしつぶされ ひびが入り 錆びついた
〈主権在民〉とか〈民主々義〉といった
言葉のかけらが
つっこまれたきりに
なっているはずだ
(過ぎ去りし かの幻覚の日の おもい出よ)
もう〈文化国家〉などと たわけたこと
はいわなくなった
そのかわり 高度成長とか 大国とか
GNPとか そんな言葉を やたらに
まきちらしている
書く手もにぶるが わるいのは あの
チョンマゲの野郎だ
あの野郎が ぼくの心に住んでいるのだ
(水虫みたいな奴だ)
おまわりさんが おいこら といったとき
おいこら とは誰に向って
いっているのだ といえばよかったのだ
それを 心の中のチョンマゲ野郎が
しきりに袖をひいて 目くばせする
(そんなことをいうと 損するぜ)
ほんとは あのとき
家来の分際で 主人をバカにするな
といえばよかったのだ
ザマはない
さて ぼくらは もう一度
倉庫や 物置きや 机の引出しの隅から
おしまげられたり ねじれたりして
錆びついている〈民主々義〉を 探しだ
してきて 錆びをおとし 部品を集め
しっかり 組みたてる
民主々義の〈民〉は 庶民の民だ
ぼくらの暮しを なによりも第一にする
ということだ
ぼくらの暮しと 企業の利益とが
ぶつかったら
企業を倒す ということだ
ぼくらの暮しと 政府の考え方が
ぶつかったら
政府を倒す ということだ
それが ほんとうの〈民主々義〉だ
今度こそ ぼくらは言う
困まることを 困まるとはっきり言う
葉書だ 七円だ
よろしい 一戔五厘
七円のハガキに 困まることをはっきり
書いて出す 何通でも じぶんの言葉で
はっきり書く
七円のハガキに 何通でも書く
ぼくらは ぼくらの旗を立てる
ぼくらの旗は 借りてきた旗ではない
ぼくらの旗のいろは
赤ではない 黒ではない もちろん
白ではない 黄でも緑でも青でもない
ぼくらの旗は こじき旗だ
ぼろ布端布(はぎれ)をつなぎ合せた
暮しの旗だ
ぼくらは 家ごとに その旗を
物干し台や屋根に立てる
見よ
世界ではじめての ぼくら庶民の旗だ
ぼくら こんどは後(あと)へひかない
(8号・第2世紀 昭和45年10月)
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今日は、花森安治の
「見よ ぼくら 一銭五厘の旗」を、抜粋して読みます。
高度成長期に足を踏み入れた1970年、花森安治は、この詩を「暮しの手帖」の編集方針宣言のように書いたのです。
病気除隊後、「欲しがりません勝つまでは」の標語を選んだり、国策広告の仕事をしていたこと
敗戦直後に見た民主主義の幻から目覚めた70年、愕然としながらも、今度こそはっきりものを言っていこう、自分たちの旗を揚げようと呼びかけています。
それから40年以上、主権者が逆転しているのは、変わりませんが、あちこちに旗はあったのです。
この写真は、ドラム隊の若者が、さよなら原発のデモ集会に旗を掲げているところです。意思は引き継がています。
本編は、今回読む3倍以上あります。ネットにも上がっているので、ぜひ全文を読んでいただきたいと思います。
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